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ウィーンのカフェ文化
今も昔も、ウィーンのカフェはこの街の文化や社会にとって、なくてはならないスペースです。ここでは、コーヒーを飲むだけでなく、待ち合わせをしたり、政治討論に花を咲かせたり、作曲したり、詩を書いたり、新聞を読んだりなど、いろいろな過ごし方があります。

コーヒーの発祥地はアフリカ北部、ギザ(エジプト)のピラミッドからそれほど遠くない場所です。コーヒーが史上初めて文献に表れたのは、西暦940年頃のこと。ペルシャの名医ラーゼスが、コーヒーに関する記述を残しました。1200年頃には、エチオピアでコーヒー豆の焙煎が始まりました。15世紀になると、コーヒーはイスラム世界の中心地メッカに伝わります。そしてメッカへの巡礼者たちが豆をそれぞれ持ち帰り、当時のイスラム世界各地に広めました。1643年になって、パリにヨーロッパ初のカフェが誕生しました。その後、1650年にオックスフォード、1652年にロンドン、そして1683年にはウィーンで、次々とカフェハウスがオープンします。


ウィーンのカフェでの過ごし方はいろいろ。コーヒーを飲むほかに、新聞を読んだり、詩を書いたり、政治討論をしたり・・・

ウィーン風カフェの歴史は、オスマントルコ軍によるウィーン包囲の時代に遡ります。ゲオルグ・フランツ・コルシツキーという男が無事にトルコ軍包囲網を突破し、ポーランド国王ソビエスキーに援軍を頼むことに成功しました。ソビエスキーは見事にトルコ軍を撃退、ウィーンの街を解放します。トルコ軍は退散する際、大量のコーヒー豆を残して行きました。伝説によると、ウィーンを救った褒美にコルシツキーが望んだのは、このコーヒー豆だったといいます。そして1686年になってカフェハウス「ツール・ブラウエン・フラッシェ(青い瓶亭)」を開きました。ただ、公式の記録には、ウィーン初のカフェハウスの創業日は1685年1月17日で、そのオーナーはアルメニア人だったとあります。
当時、トルコ全土に普及していたコーヒーは、本来は禁じられた飲み物でした。コーヒーには興奮作用があるため、薬に分類されていました。しかしその香りの良さには、取り締まりにあたる厳しい役人たちも敵わなかったようです。


ザッハトルテに代表されるウィーンのチョコレートケーキ

1804年のウィーンには、すでに89件のカフェがありました。19世紀末になると、その数は600件に急増します。その頃の典型的なカフェのメニューには、ココア、紅茶、ミルク、ミネラルウォーター、ソーダ、レモネード、アイスクリーム、ワイン、シュナップス、リキュールなどがありました。
カフェは当初、主に男性が利用する場所でした。ところが1870年頃になると、家族連れでカフェを訪れることが流行しはじめます。さらに、女性が数人で集まるための女性サロンまでオープンしました。

ウィーンに新しいスタイルのカフェが登場し始めたのは、この頃からです。コンディトライ、エスプレッソスタンド、カフェレストランなどです。1938年当時、ウィーンには1283件のカフェがありましたが、1994年には584件にまで減っていました。その代わりにカフェレストランが705件、コンディトライが182件、エスプレッソスタンドが1083件できていました。

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